月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。
「月日とは永遠に旅を続ける旅人のようなもので、来ては過ぎ去っていく年もまた旅人のようなものである」

元禄15年刊行の『おくのほそ道』の冒頭部分からの一節です。作者である松尾芭蕉は日本を代表する俳人として知られ、生涯に渡って日本各地を旅し、訪れた土地での出来事などを基に数多くの紀行文を残しました。今回引用した『おくのほそ道』もその1つです。生涯を終える直前まで旅をし続けた彼が残した句や紀行文は、今日に至るまで多くの人に読まれ、親しまれ続けています。

去る8月6日~10日にかけて、災害支援部では熊本県南阿蘇村を中心に観光プロジェクトを行いました。これまでも災害支援部では2016年に発生した熊本地震の復興支援として、農業プロジェクトや教育プロジェクトを行ってきましたが、今年度より新たにスタートさせたのがこの観光プロジェクトです。


阿蘇地域の主産業は農林業と観光業とされていますが、震災から2年近く経った現在でも未だ被害は深刻です。平成30年度の1月~3月までの『熊本県宿泊客数動向調査』によると、震災後に運休となっていた韓国からの定期便や香港線のチャーター便の運航等により、全体の観光客数は震災前の水準と比べて8割ほどにまで回復していますが、それでも完全な回復には届いていないという状況が続いています。南阿蘇地域においても南阿蘇鉄道が未だ全線復旧には至っておらず、未だ震災前の水準への回復には時間を有するという状況となっています。

今回発足した観光プロジェクトではそんな観光業の復興を後押しすべく、独自の観光マップの作成及びSNS等での情報発信を目標としています。今回の活動では観光マップの作成に当たり、阿蘇郡の南阿蘇村や高森町を中心として、18の施設や店舗を視察し、関係者の方々にお話を伺って参りました。震災時の影響や復興に関するお話だけでなく、各施設・店舗にかける関係者の方々の熱い思いなど、現地でしかお聞きすることのできないお話を沢山お聞きすることができました。

また、活動4日目には東海大学の「阿蘇復興への道」の方々にも活動に加わって頂きました。午前中は地震にて崩落した阿蘇大橋及びその周辺地域にて、震災当時の様子や復興の現状をお話し頂き、午後は当団体のメンバーと共にガイドして頂く形でいくつかの観光地を巡りました。東京を拠点に活動する我々と、現地で生活する東海大生の方々との交流を通して得られた発見はとても多く、今後も東海大学の方々との関係性を維持し、現地にいない我々に何ができるのかを考えていきたいと考えています。


5日間という短期の活動ではありましたが、改めて震災の被害と復興の状況、そして現地の特色や観光業の現状を把握できた活動となりました。

『おくのほそ道』の旅を続ける中で、芭蕉は「不易流行」という独自の俳諧理念を見出しました。「不易」とはいつの時代においても変化することのない物事の本質、「流行」とはその時代や環境によって絶えず変化していく物事の法則のことを指します。「不易流行」とはこの2つの概念を組み合わせ、どんなに時が流れ世界が変わろうとも決して変わることのない本質を忘れず大切にしつつも、時代や環境の変化に合わせ、常に新しいものを取り入れていくことを意味しています。芭蕉はこの「不易流行」を通して、本質的な点を維持しつつも常に新たな俳句の可能性を追求することを説いたのです。

そして今回の活動を通じて我々が感じたこともまた、この「不易流行」に通ずるものがあるように思えてなりません。今回我々は様々な場所を訪問させて頂きましたが、行く先々で感じたのが「人と人との繋がりの深さ」でした。同じ業態間・地域間での助け合いで地域全体が1つになり、観光業、そして復興に取り組んでいる。そんなお話を多くの場所で耳にしました。中には思わぬところで以前訪問した施設との関係性が発見されることもあり、物理的な距離を越えた繋がりを目に見える形で感じることができました。

偶然の出会いもありました。活動中、偶然青山学院の卒業生の方が運営されている『阿蘇マルキチ醤油』さんのお話を耳にし、予定にはなかったもののお伺いしました。アポイントメントなしの訪問ではありましたが、社長の吉良 充展さん自らが快く迎えて下さり、我々全員に「醤油アイス」を振舞って下さいました。この出会いは本当に偶然で、我々にとっては嬉しい誤算でありましたが、それ以上に印象深かったのは「人の温かさ」であると言えます。今回の活動では当日にご連絡させて頂いたり、場合によってはアポイントメントなしでお邪魔させて頂いた施設も少なからずあったのですが、急な訪問にも拘わらずどの施設の方も快く対応して下さり、改めて南阿蘇地域の人々の親切さと寛容さに触れさせて頂く機会となったように思えます。

「人と人との繋がりの深さ」と「人の温かさ」。これは南阿蘇地域だけのものではなく、いつの時代も決して失われない物であり、これから先も私達全員が大切にしていくべき本質、まさに「不易」です。他者との繋がりが希薄になりつつある現代に生きる我々にとって、改めて学ばなければならないことがあるのでは。ボランティアに来た我々が逆に気付かされたように思います。

そしてもう1つ我々が今回の活動で感じたのは、復興に取り組む方々に流れる「前向きな精神」です。4日目に訪問した『地獄温泉』さんは、以前より熊本プログラムで訪問させて頂いている施設の1つです。震災による被害に加えて、その後に起きた土砂災害による二次被害によって大きな被害を受け、現在でも営業再開の目途が立たず、復旧のために日夜工事が続けられています。まだまだ不透明な日々が続く地獄温泉ですが、今回お話を伺った河津さんは決して後ろ向きではありませんでした。震災前の姿に戻すだけでなく、長年の伝統を受け継ぎレトロな見た目にこだわりつつも、これまでに無かった新しい要素を多く取り入れようと努力されていたのです。地獄温泉さんだけでなく、今回訪問した施設ではどこも今後を見据え、単なる“修正”ではない真の“復興”を実現すべく、グローバル化への対応やそれまでになかった新しい試みが積極的に行われていました。それはまさしく「流行」。時代や環境と共に変化を続けていくという精神そのものです。復興のその先を見据えた確かな一歩を踏み出す現地の方々の姿を、今回改めて目に焼き付けることができました。

芭蕉は一見矛盾するように見える「不易」と「流行」は、根本において深く結びついているものであると説いています。どんなに「不易」を守ろうとしても、それが「流行」でなければたちまち廃れてしまい、かと言って「流行」を急いで「不易」を蔑ろにしてもそれは廃れてしまいます。一方に偏ることなく、双方を重視していかなければどちらも廃れてしまうのです。
熊本地震から早2年、復興に至るまでは多くの課題が残されていることは否定できません。今回も至る所で人手不足、そして交通インフラの復旧の問題を耳にしました。完全なる復興にはまだまだ多くの支援が必要です。しかし今回の活動で、我々は改めてこの地に流れる「不易流行」の精神を再確認できたように思います。
守るべき伝統や失ってはならない繋がりを継承しつつ、次の時代を見据えて常に新たな要素を取り入れ続ける。復興は決して短期間で終わるものではありません。しかし現地の方々の根底にある「不易流行」が失われない限り、復興の時は必ずやって来る。私達はそう確信しています。

そしてその「不易流行」の精神を絶やさないために、私達災害支援部も活動を続けていくつもりです。今回の活動でお聞きしたこと、目にしたことをSNSで発信すると共に観光マップを作成し、より多くの人に熊本の現状と魅力を知ってもらえるよう、精一杯尽力していきますので、今後とも災害支援部、そして当団体へのご支援・ご協力を宜しくお願い致します。

災害支援部 2年 定由 諒