GW真っ盛りですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
いよいよ新しいスタッフが入ってくるこの季節。
当団体らしさ、Rooteらしさをより伝えるためにどんなことを書いたら新入生にその魅力に気づいてもらえるかを考えていました。

その中でこれはRooteにしかない!と思ったのが”リピーター”という方々の存在です。

当団体はボランティアをする団体ではなく、ボランティアを必要としている地域と調整をし、ボランティアをプログラム化させ、一般の青学生に参加者として募集をかけ、地域と青学生を繋ぐという機能を果たしております。その参加者の中でも毎年のように参加してくれるベテラン参加者のことを我々はリピーターと呼び、大切にしている存在です。
3/6-18にかけて春の熊本プロジェクトを実施しましたが、その2陣のメンバーにこの春に卒業した3名のリピーター4年生が参加してくれました。そこで昨年度卒業した松村から3名に、ボラステの活動に参加した契機から、リピートするようになった経緯まで、南阿蘇村での活動の合間を縫ってたくさんのことを伺ってきましたので、ぜひご覧ください。

【インタビューしたリピーター紹介】
新谷俊介 (右上)
教育人間科学部教育学科卒業
2013年塩竈プロジェクト3陣、2014年塩竈プロジェクト2陣、2015年塩竈プロジェクト2,3陣、2016熊本春プロジェクト2陣参加(計5回)。

村上咲季 (右下)
経営学部経営学科卒業
2014年塩竈プロジェクト2陣、2015年塩竈プロジェクト1陣、2016年塩竈プロジェクト1陣、2016年熊本春プロジェクト2陣参加(計4回)。

中井彩乃 (左下)
教育人間科学部教育学科卒業
2015年塩竈プロジェクト2陣、2016年塩竈プロジェクト2陣、2016年陸前高田春プロジェクト、2016年塩竈春プロジェクト、2016年熊本春プロジェクト2陣参加(計5回)。

【インタビュアー紹介】
松村悠太郎 (左上)
教育人間科学部教育学科卒業
2014,2015年東北部リーダー、2016年熊本プロジェクトリーダー
2013年塩竈プロジェクト3陣、2014年塩竈プロジェクト2陣、2015年塩竈プロジェクト1,2陣、2016年熊本プロジェクト1,2,3陣、2016熊本春プロジェクト1,2陣参加。

※2013年の時に全員1年生です。なお、全員留年はしておりません

ボランティアが支援するというだけでなく、それぞれの成長を促す一歩として


(塩竈市寒風沢島にて田んぼの草刈りをする村上さん 2015年塩竈プロジェクト1陣)

松村:それでは宜しくお願いします。改めてこういう話しをするのも緊張するけど、まず初めの質問。
なんでボラステ(現:Roote)の活動に参加しようと思ったの?

新谷:大学1年生の夏だし、サークルもやっていないし中で、自分は将来教員になりたいと思っていて、東京や神奈川といった首都圏でも起きると予測される災害について、どう対応したらいいかを学びたかったから。塩竈プロジェクトの中学生に勉強を教えるサマースクールという活動を通して、そうしたことを学ぶことができたかな。そしていろんな人との出会いがあった!

村上:初参加の2年生の時は別にボランティアしたかったわけではなく、強い思いを持って参加したかったわけではない。どちらかと言うと1年生の時の怠惰な生活から脱却して、何でもいいから新しいこと、頑張れることをしたかった。
でも初めて活動で塩竈プロジェクトの保育の活動にしたのは理由があった。タイにいた時に小学校6年生の時にバンコクでスマトラ大地震にあって、カウンセラーの人が来たことを鮮明に覚えていた。東日本大震災が起きた時にもそうした経験から、子どもへのケアという支援を想像できて保育の活動にしたというのも一理ある。

中井:「大学でなんかしてみたかった」、「友達がいなくてなんかやってみたかった」と思った時にキミ(松村)に誘われたのがきっかけ。大学受験で志望校に受からず、サークルも入らず、一匹狼になってしまっていたから、大学を好きになってみたかったというものあるかな。
塩竈プロジェクトのPR動画(塩竈市の商店街などを取材し、動画にした活動)にしようと思ったのは他に理由があって、その時は地域活性化関連で就職したかったというのもある。結果として大きく自分を変えることのできた時間だった。

松村:PR動画をしている時に、確か帰りのフェリー(塩竈プロジェクトでは宿泊先が離島で、活動終了時にはフェリーで戻ります)の時間ギリギリまで動画の撮影して、1日6本しかないフェリーに乗りそびれそうになったよね笑?

中井:あったあった!話が終わらなかったんだもん!

松村:変わることができたって言ってたけどどう変わったの?

中井:友達が増えて大学入ってよかったと思えた。自分の地元以外に地元ができたような感覚になって嬉しかった。活動後も2,3ヶ月に1回は塩竈行ってる。

新谷:マジで!?

中井:本当、本当!PR動画で商店街を回ったおかげで、あそこにはあれがあるこれがあるなど、自分の地元、実家が新しくできたみたいで嬉しかった。その時に一人で行かず毎回違う友達を連れてって紹介した。お土産なんかは家族も「またあのどら焼き買ってきて!」って頼んでくるなど、毎回楽しみにしている。
繰り返し行ってると知り合いも増えるし、お祭りのときは覚えていてくれて、新しい実家ができたような感覚になった。来年も戻って来てねと言われたことも嬉しかった。

繰り返し現地に足を運ぶことで感じること


(塩竈市の中学校にてサッカーの指導を行う新谷さん 2014年塩竈プロジェクト)
松村 :  なるほど。ありがとうございます。続いての質問でなんで繰り返し行こうと思ったの?なかなか観光とかってその地域に行ってもそんなに繰り返し行くことってよほど好きじゃないといかないと思うし、その中でこうしたボランティアを通した滞在で、君たちのようなリピーターは何人もいてくれてる。たぶん、3人は旅行で塩竃に行ったとしたら、同じ場所だとしてもたぶん繰り返し行ってないと個人的に思うのよ。
その違いって何だろうなと思いつつも大事なところかなと思ったんだけどどう?

村上:1年生の時に生活があまりにしょぼかったため2年生の時に参加した経緯がある。高校生の時にテニスを本気でやっていてそうしたことが充実だと分かっていたのに、大学で遊んでて楽しいけど振り返ったら日々何もなかった。
実は最初の塩竈プロジェクトの保育の活動は辛かった。確かに1日1日めっちゃ辛かったけど、最後にやって良かったと思って求めていた充実はこういうものだと感じた。あとは一緒に参加した参加者の先輩やボラステのスタッフと関わる中で、夜も塩竈について議論するなど、たった1週間ではあったけど尊敬できる体験ができたし、自分も成長することができたからまた来たいと思った。初めは塩竈が好きだというよりも、そこにいる人たちのためにまた活動したいって思った。塩竈のことが好きで、そこにいる人に会いたいと思うようになったのは2年目(大学3年)からかな。

新谷:中井さんは初めての塩竈プロジェクトの後に陸前高田プロジェクトへの参加もしているけどなんで?

中井:それは単純に陸前高田のことを知りたかった。ちょうど3月11日に被る活動でもあったから。

松村:塩竈以外も見てみたかったってことかな?

中井:そうだね。教育支援だったから陸前高田の子どもたちについても知りたかった。このころから教員を意識していたこともあって、こうした災害の現場は知っておかなければならないと思った。
広島の土砂災害の場所にも行ったけども、直接自分の目で見たものを伝える方がインパクトがあると思った。こうした訪問の経験は院試でも役に立った。

松村:その陸前高田の経験をしてまた4年生になったから塩竈プロジェクトにまた参加したわけだよね。それはなんで?

中井:塩竈は自分を変えてくれた場所でもあるからもう一回行こうと思った。それは塩竈への感謝、ボラステへの感謝、単純に現地に行きたいという想いかな。
“ボランティア・ステーション”としていくことで心押されるじゃん?
青山学院大学ボランティア・ステーションの名前の入ったジャンバーやTシャツ着るだけでいろいろなことを可能にしてくれるし、勇気が湧いてくる(活動において青山学院大学が分かるように青いジャンバーもしくはTシャツを着ておりトレードマークとなっている)。一人で行ったら何もできないから、ボラステを通してやりたいことを乗っけてる。

松村:新谷くんは?

新谷:先輩(スタッフ、参加者問わず)がかっこよかったから。自分がいかに狭い視野で物事を考えていたと先輩を見て痛感したから。ボラステの活動には自分とは違う想いや経験をして来ている人ことがいいなと思う。ずっと活動は中学校の教育支援をしており、さらに同じ中学校に3年間行ったことで、中学生の成長の過程を感じ取れた。
個人的には1回だけでなく、何回も行って復興の進捗や子どものたちの成長にしっかり関わらないと身にはならないと思う一時的に夏休みに地方にはいくけど、結局は東京の普段の生活に戻る。こうした塩竈で感じた感覚(塩釜の人との繋がり、先輩との関わり)を忘れたくないと思った

松村:先輩がかっこよかったと言ってたけど、具体的にどこが?

新谷:うーん、逆になんだと思う?

松村:さりげなさ?

新谷:まあそうだね、気が利くということかな。リピーターとしてきていると動きが分かるし先輩としての自覚みたいなのも発揮されるのかな

松村:それ聞いて思い出したけど、オレも1年生の時ボラステをこれからも絶やさず続けて行きたいなと思うきっかけになった先輩がいる。M先輩なんだけど、4年生で1人で初参加で、周りに自分がボランティアに行くことを一言も言わないで参加したって言ったんだ。けれど活動が終わった後に、ボランティアしてるって恥ずかしくて言えなかったけど、この経験は本当に良かったからこれからはどんどんいろんな人に伝えたいって言ってたんだ。その言葉が本当に印象に残っていて、今でも4年間ボラステを続けてこれた原動力の一つになってるのはあるかな。

新谷:とりあえず来ている先輩がかっこいいからぜひ!


大学生活において、なくてはならない存在


(塩竈市桂島にてホヤの作業をした後の中井さん 左から2番目 2015年度塩竈プロジェクト)

松村:ふむふむ。ありがとうございます。3人にとってボラステはどんな存在でしたか?

中井:3点あるかな。1点目は「自分のやりたいこと」を決めてくれた。地域、防災という卒論のテーマや大学院での研究が決まった。活動だけでなくて、自分のもともとの興味をさらに深めようと思うきっかけになった。
2つ目は「友達」ができた。母親が一番喜んでくれた。ただの友達ではなく、色んなことを考えている同学年・先輩・後輩がいて、すごい大学生がいっぱいいるもんだなと思った
3点目は「なりたい自分」になれた。ここは話すと長くなります笑。

新谷:もしもサッカー(新谷くんは高校のサッカーのコーチを普段やっている)とかに時間をかけてなかったら、一番大学生活の中で大事な存在だったかもしれないもう一回、1年生に戻るなら迷わずボラステに入ったと思う。それだけいいなと思える学生団体だったなと思う。

村上:ボラステなかったらやばかった笑。2年生で塩竈に行って全てが変わった。まずサークルをやめた。頑張った先に何かあることを活動を通して感じることができて、勉強を頑張り、ゼミをマーケティングのガチゼミにしたし、インターンも行った。

常になんか頑張ることがあるような生活にしようと思った。その原点の意味でボラステの活動は1年で一番大事にしてる時間だった

松村:さきの話は本当に団体として目指しているところで、ボラステを踏み台にしてほしいと思ってオレは企画・運営をしていた。ボラステの活動に参加したことで社会貢献の活動をさらにやってみようとか、学校生活もっと頑張ろうかとか、思って一歩踏み出してくれたら嬉しい。

中井:もう一つあった。発信するのが怖くなくなった。自分のことが他人に知られるのが怖くて、SNSとかもやってなかった。初めて塩竈が行った後に、Facebookでそのことを報告してみたら、いろんな人から「変わったんだね。」って言ってくれた。自分が変わったことで、周りも変わった。

松村:なるほどね。ボラステのスタッフとしても参加者を巻き込んでいるところで得られる大きな特徴は、現地に感謝されることに加えて、参加者が自分たちの考えた活動に参加することで、大きく変わるということもある。これをオレは2倍のやりがいって言ってる。人の成長や変化に携われたというのは、スタッフをやっててこの上ないやりがいと喜びがあるな。

松村:最後の質問です。先の話になるけど、この経験を社会人になってどのように役立てたいか?

新谷:自分は教員になろうとしている。この経験を多くの子どもたちに伝えていきたい。災害のこと、農業の難しい部分やコミュニティの重要性を、自分が経験して良かったなと思ったこととともに伝えていきたい。自分がこの活動に参加した動機とぶれた部分はなく、しっかり言語化していきたい。

村上:あんまりまだどうして行きたいというのは考えてなかったけど、働く場所としてボラステで経験したみたいに議論できるような環境で働きたい思った。そうした人たちに囲まれて成長していきたい。

中井:まず新谷くんと同じように教員になりたいという夢があります。漠然とだけどリピーターになったことで、中高の地理に身近な問題として防災を取り入れることで、地理教育を変えていきたい。あとは、色んなことをやりたい高校生はたくさんいるんだけど、先生がそれを知らないことが多くきっかけを与えられていない。多感な時期の高校生にそうした橋渡しをすることで、高校生と社会を繋げることをしていきたい。

松村:それでは最後に新しく青学に入った1年生にメッセージをお願いします!

中井:東京の暮らしに疲れた方、1週間しかいないのに大学生活で本当にかけがえのない仲間ができるので、大事な友達が欲しい方はぜひどうぞ!ボランティアのイメージを変えていってください。そして新しい自分を探してみてください

村上:1年生の頃からボラステに関われる人が心底羨ましい。単純にサークルをやるのと同じように楽しい。今までに抱いていたボランティアと思ってやってない。大好きな人たちと楽しく作業しているだけなので、そんな環境にぜひ!やりたい人しか入れない雰囲気あるけどそんなことないですよ。

新谷:ボランティアは人のためにやるものだと思うけど、巡り巡って自分のためになるので、ぜひ

最後に

大学4年間の中で、このように自分たちが企画し、運営した活動が多くの青学生を変えるきっかけとなれたことが、最も大きなやりがいでした。本当に大学生活にとってかけがえのない時間です。しかし、そんな活動を完成させるには、本気で考え、本気で行動してきた自負があるからだと思っています。大変なこと、辛いこと、困難なこともたくさんありますが、それを乗り越えた先に地域も人も変える素晴らしさが待っています。心からオススメする学生団体です。
人の成長に関われるきっかけを共に作り出してみませんか。
2017年度卒業生 松村悠太郎